京の町と里を訪れる旅 ★京都めぐり(1)

京都にいる友人二人が60歳を迎える。還暦祝いの知らせを受け、いいなぁ~と言うと「すーさんも私たちの仲間になり、一緒にお祝いをしましょう~。京都観光を兼ねて来てください」と嬉しいお誘い。それではと、お言葉に甘え私も60歳になろう~と決心。こんな具合に話がとんとんと進み、三人は同級生として還暦祝いをすることに。それからの私は、不思議と心身ともに若返ったような爽快感を覚え、ルンルン気分で京都へ。新幹線が熱海を過ぎると富士山が見えだす。雲ひとつない青空の下、冠雪の山肌が日光で反射し山裾の緑の色も春めいている。頂を視界の中に取り込み、再び富士を見つめると絵葉書そのもの。うおー、綺麗。
京都の八条口改札で二人と落ち合い、早速、市内へGO-。私の希望通りに京を巡ってくださるなんて夢のよう~。五木寛之さんの「親鸞」を読んだこともあり、先ず西本願寺へと。西本願寺の正式名は「龍谷山 本願寺」。浄土真宗本願寺派の本山で親鸞聖人が開基した古い寺。阿弥陀堂・御影堂をはじめ、桃山文化を代表する建造物や庭園が今日まで大切に受け継がれ、1994年に世界文化遺産に登録されている。おやや、大きな木だなぁ~。樹齢約400年の大銀杏は根っこを天に広げたような形。京都市の天然記念物に指定されているが、耐火力が強く、本願寺が火災にあった時も火の粉を浴びながら生き抜いてきたらしい。
本願寺の南にある唐門(からもん)へと廻る。牡丹に唐獅子、竹に虎、麒麟に孔雀など数々の彫刻が施された豪華で精巧な造り。あまりの美しさにうっとり。休憩所でお茶を一服頂く。 さてー、親鸞聖人が1262年に90歳で往生されたとき、東山の大谷に石塔を建て遺骨をおさめられたが、墓所はきわめて簡素なものであったため、親鸞の末娘の覚信尼(かくしんに)が大谷の西、吉水の北にある地に親鸞聖人の遺骨を移す。これが大谷廟堂で本願寺の元であると知る。
廟堂のわき道を上って行くと清水寺へとまわれるが、細い道なので車は通れない。そこから一人で散策することに。紅白の梅の花が美しい清水寺に着く。桜の頃ともなれば清水の舞台も人であふれるが、今は遠景を眺めながら舞台の端から端へと自由自在。清水寺の山号は「音羽山」で本尊は千手観音。本堂には巡礼者、学生、若者がいっぱい。もう何十年も前のことだが、この寺でひいた“おみくじ”が大凶だったので、今回“おみくじ”はパス。清水道の両側には観光客向けのみやげ物店が軒を連ねている。その坂道をだらだらとおりると七味家本舗が角地にあり、そこを曲がると石畳の坂道、産寧坂(三年坂)へと。産寧坂の周りは世界遺産にも登録されている八坂神社、円山公園、高台寺、法観寺などが集まる風流な所。京ならではの土産物店、陶磁器店、料亭などを見やりながら下ると二年坂の石段に連なる。静かで活気ある道の先に鳥居が見える。ここまで一人で散策してきたが、車組みの友人達と無事に合流。ホッ、携帯のおかげかな?
鳥居をくぐり坂本龍馬と中岡慎太郎の墓へと。京都霊山護国神社の霊山(りょうぜん)墓地内には、明治維新で殉難や病没した約400におよぶ人々の墓碑がある。明治2年9月に旧高知藩主山内豊範が、坂本龍馬と中岡慎太郎らの祭神を祀った墓もある。そう、それはー、1867年11月15日、午後6時ごろ、中岡慎太郎が近江屋に居る坂本龍馬を訪問。その二、三時間後、会談中の彼らは刺客の襲撃に遭う。坂本龍馬は額を横に斬られ、二の太刀は右の肩から左背骨にかけ、三の太刀で更に前頭部を裂かれる。中岡慎太郎も全身に刀傷を負い二日後の17日に息を引き取る。龍馬が32歳でこと切れたとすれば、なんだか哀れ。坂本龍馬の墓は高知にあると思っていたので京都と知り意外に思う。京都か高知か、どちらで眠りたかったのかしら? 高知に帰って面倒をよく見てくれた乙女姉さんの近くが良かったのでは? 坂本龍馬の墓には綺麗な花が添えられ人気の高さがうかがえる。大河ドラマ「龍馬伝」を毎回見ているが、龍馬の初恋相手の平井加尾の石碑は、高知市山手町の住居跡にあるらしい。う~ん、やはり別々のよう。
人力車に乗り八坂神社まで行くことに。京の町を人力車で走るのが夢だったのでルンルン気分。人力車って風情があるし、町の眺めも良いから単純に嬉しい。人目が気になるかと思ったが地元の人は慣れているので誰も振り返らないよう。10分コースで3000円。人力車をこぐ人は元気の良い若者でサービスもバッチリ。うおぉぉ~走り出す。人が後に乗っているので跳ねないで摺り足で走る。柵にかける手の位置で、力のバランスをとり効率よく前方へプッシュ。下り坂は楽だが、のぼり坂になると客側に向きなおし、背中や腰で押すようにヨイショ。
さあ、次は嵯峨野の寂聴庵へと向かうが、途中、清涼寺(嵯峨釈迦堂)に立ち寄り”あぶり餅“を頂く。あぶり餅は、きな粉をまぶした親指大の餅を竹串に刺し、炭火であぶったあと白味噌のタレをぬった餅菓子であるが、やはり美味しい!!本堂は1701年、徳川五代将軍綱吉、その母の桂昌院らの発起で再建される。満開の梅が美しい一角に、「一切経堂」があり、法輪にお釈迦さまがお説きになった経典が収められている。法輪を一回転さすと、一切経を読んだのと同じ功徳が得られると聞き、法輪を一回転(100円)さす。頭もすっきりしたような感じ。あれれ~、案内板に「峠を越えても先がある」なんて書かれている。やれやれ~。
寂聴庵には一度訪れたかったので夢見心地で佇む。門前の赤い椿が印象的。法話、写経の日は門も開かれているのだろう。物音一つしない静寂のなかで門は閉じられている。寂聴さんはご不在だろう。渋谷で講演会もあるので、そこでお目にかかろう。辺りを見れば、隣接の竹やぶは売り地になっていたり、新しい道路が出来ていたりで、イメージより明るい雰囲気に少し戸惑いながら庵を後にする。
3月17日、渋谷で寂聴さんの講演会があった。今年88歳になられるとは思えないお元気ぶり。秘訣は、好奇心やワクワク感を持ち続けることと、酒と肉は欠かさない毎日だそう。「私は死ぬまで完成などしないでどこか未熟な、でも力のあふれたものを書きたい。おそらく死ぬまでこの傾向は治らないでしょう」と言われるように、これからも益々、精力的にご活躍されること間違いなしと思えた。
「化野(あだしの)念仏寺」の拝観は5時で終了。残念だが次回の楽しみに。この寺は浄土宗で阿弥陀如来の坐像が安置され、付近から出土した多数の石塔や石仏が立ち並ぶ。千体にも及ぶ無縁の石仏に灯がともされる「千灯供養」の日には、仏教的な無常観が漂っているのだろうか。 嵯峨野巡りの小路に入ると竹林に囲まれた道が続く。そんな青竹の中に野宮神社の黒木(くらき)鳥居が光っている。杉根のついた鳥居のことで、鳥居の形式としては極めて原始的で日本最古のもの。鳥居の両側の小柴垣は平安の風情を現在に伝えている。商売繁盛、交通安全、財運向上、良縁結婚と御利益もバラエティー。嵯峨竹の美しさに包まれるなんて幸せ者。嵯峨野で過去を学び、未来へと向かう動きも内面で感じる。そう、微風を感じ、光を感じ、心から歓びたいなぁ~。
夕闇迫る中、車は祇園の石堀小路にある「田舎亭」へと急ぐ。今夜の宿となる田舎亭は、築140年になるという元料亭で、かつては、映画監督や銀幕のスターたちが長期滞在していた映画関係者の常宿だったそう。京の風情が漂うしっとりした旅館で、床の間や屏風などにも歴史を感じる。ゆっくりくつろぎたいなぁ~。京都東山花灯路に明日から灯がともされる。ゆらゆらと幻想的な町並みが浮かび上がることだろう。近くの料亭で懐石料理を頂きながら還暦祝い、乾杯!!みんなの息づかいが感じられるほど間近で語り合う。庶民的な時間と空間にいるような、そんな感覚を楽しむ京の夜。再会は忘れ難い思い出となりそう。













写真2枚目「西本願寺・銀杏の木」
3~4枚目「清水寺・清水の舞台」
5~6枚目「産寧坂(三年坂)・二年坂」
7枚目「坂本龍馬と中岡慎太郎の墓」
9枚目「清涼寺・一切経堂の法輪」」
10名目「寂聴庵」
11~12枚目「野宮神社・嵯峨野」
13枚目「祇園・石塀小路」
(次回の掲載は3月25日木曜日の予定です)






























































































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