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2016年3月

2016年3月27日 (日)

関東周辺をぐるり散策・葛西臨海水族館 



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 ぐるりパスめぐりの打ち上げに私は「葛西臨海水族館」を選んだ。まだいくつかの立派な美術館巡りも残っていたが、今、私が一番、気が向くところにしょうと思った。それは我を忘れて見つめられる時が一番楽しいし、私の姿が一番自然的と思われるから・・・。
葛西臨海水族園でまず目を引くのは、何といっても地上30.7メートルにもなる大きなガラスドームで、この大水槽で群泳するクロマグロのその後の様子も見たかったし、泳ぎ回るペンギンの姿など、600種を超える世界中の海の生き物たちをもみたかった。

だが、当日の天気はまるで冬に逆戻り。雨も降っている。これはどうしたものかと思案したが行くことに。前日の天気は寒空ながらも晴れていたが、あいにく水族館の閉館日であった。今まで水族館へは晴天の日に訪れているので、しょぼしょぼと足元が濡れるのは気分もさえない。が気持ちの高まった時がその時とGO-。まあ、お魚さんんも水の中と微笑みながら・・・

水族館にはいり、まずマグロの大水槽へと向かう。うおぉ~マグロが、マグロが元気。元気に群泳するマグロを見てほっとする。 やはり、すべての生き物は元気でいてほしい。

太平洋、インド洋、大西洋、北極海、南極海。熱帯のサンゴ礁から極寒の極地の海まで、世界中から集められた珍しい生き物がすいすい泳ぎ、ペンギンも小雨の下でぴちぴち水浴びをしている。ペンギンは氷山が浮かぶ南極でいるのもあれば、フンボルトペンギンたちの故郷は南米のペルー、チリー。又、オーストラリア、二ュージランドなど日本のような温帯地にすむペンギンは、夏でも外ですいすい泳ぎ回る。水浴びをするお茶目なペンギンにほっと癒される。

海藻の林から東京の海へ。自然が豊かだったころの東京の淡水環境が再現されている。なかなかかわいい魚が多いが、流れの少ない池沼での生き物は泥まみれ。なんだか少しかわいそう~。
小笠原から伊豆七島、東京湾の外湾部から内湾部までぐるりパス。最後に海鳥の生態コーナーへ。海の生活が主なエトピリカやウミガラスが、飛沫をあげながら飛ぶようにすいすい。

レストランで「マグロカツカレー」をマグロに感謝しながら頂く。ここのマグロはキハダマグロでとても美味しかった。 水族館を後にする時、雨はやんでいた。自然探索路から駅へと向かい東京駅へと。さあ、これでぐるりパスめぐりも終りと思うと、なんだか少しばかりお名残り惜しい。そうだ!国際フォーラム内にある「相田みつを」美術館に回ってみよう!

「相田みつを」美術館の企画展では「書と出逢うとき」が開催されていた。会場には相田みつをさんのたくさんの書が展示されていた。「一生感動、一生青春」「道は自分でつくる 道は自分でひらく 人のつくったものは 自分の道にはならない」「あのときの あの苦しみも あのときの あの悲しみも みんな肥料になったんだなぁ じぶんが自分になるために」

相田みつをさんの一言一言が胸に響いたが、最後の言葉「雨の日には雨のなかを 風の日には風のなかを」が目に沁みた。雨の日に、雨のなかを歩いていた私だったから・・・。
    
       温もりの言葉

     おお、奇跡は舞い降り
     うなりを帯びて言葉が回転する
     人を酔わせ
     命のつながりを感じるあなたの言葉

     深い森が背後に控える原風景
     あなたの言葉と逢っている
     沈黙の心を暖め
     エネルギーがぴりぴり背筋に感じる

     おお、言葉は愛とともにあり
     そう感じながら生きる
     温もりの見舞い
     わたしの魂もあなたの言葉に宿る

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葛西臨海水族館

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マグロの大水槽

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ミレットシートバタフライ

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オールドワイフ

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ホワイトバードボックス

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ビッグベリードシーホース

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ランプサッカー

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ルックダウン

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海藻の林

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レンテヤッコ

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小笠原の海

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伊豆大島の海

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東京湾・泥干潟・池・沼での生き物は泥まみれ

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エトピリカ

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マグロカツカレー(830円)

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相田みつを美術館にて

(あなたが、そこにただいるだけで、その場の空気があかるくなる。あなたが、そこにただいるだけで、みんなのこころがやすらぐ。そんな、あなたにわたしもなりたい。みつを)

2016年3月23日 (水)

関東周辺をぐるり散策・神代(じんだい)植物公園

 

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3月下旬、神代植物公園へぐるりパス。武蔵野の面影を残す神代植物公園では、四季を通じ草木の姿や花の美しさを味わうことができるが、この公園は元来、東京の街路樹などを育てるための苗圃であった。戦後、神代緑地として公開し、昭和36年、神代植物公園と改め、都内唯一の植物公園として開園されている。

約4,800種類、10万株の樹木が植えられている園内には、バラ園、ツツジ園、ウメ園、ハギ園など植物の種類ごとに分かれ、景色を眺めながら植物の知識を得ることができるが、大芝生の中央に生えるパンパスグラス(高さ約4m・直径約7m)も40年以上の古株で見事。また、日本古来の園芸植物の品種の保存や植物・園芸に関する催しや 展示会なども開かれるなど、実にバラエティに富んでいる。昨年は梅の開花時期に訪れたが、今年は桜と野草に期待しながらぐるりパス。!

 春めいてきたとはいえまだ寒く、三寒四温の昨日今日、バラの姿はないが、桜や椿が麗しく、密かに咲く野草も可憐。春が来た、春がまた来た大地に!って感じの公園である。

いつもは一人で回っているが、今回はボランティアガイドさんと楽しく花探し。ヤマザクラ、オオカンザクラ、イヌザクラ、オオシマザクラなどすでに満開!!東京の桜開花宣言はまだだが、ここは見事に咲き誇っている。おお、麗しい!と桜を見上げながら、次つぎに香りを放つ姿に魅入る・・・。             

早春の落葉樹の中で目立つマンサクをパチリ。マンサクの語源は「先ず咲く」らしいが、葉に先立って咲く黄色いリボン状の4枚の花弁に、うぅぅ~いいね!と、思わず引き寄せられる。ガイドさんと花を見つけながら話にも花が咲き、何もかもが満開!誠にお話好きのガイドさんである。

花を楽しんだ後、植物園を出る。隣接する深大寺(じんだいじ)へと回る前に、まず「深大寺蕎麦」を昼食に。深大寺は天台宗の寺院で、都内では浅草寺に次ぐ歴史を持っている古寺で有名だが、深大寺蕎麦も負けず劣らず有名。

昔、上野の寛永寺に、蕎麦を献上したことが始まりと言われ、深大寺の周辺には多くの蕎麦処がある。私は陽の当たる椅子に座り「にしん蕎麦」を頂き心身ともにリフレッシュ!!花を愛でる経験、感触、喜びに浸った後の蕎麦の味わい・・・いいね。
足取りも軽く深大寺をお参りしたあと、寺前で大好物の「みたらし団子」をパクリ。さあ、今日のぐるりパスもおしまい。春の輝きに我を忘れて見つめたひと時、実に楽しかった。
           
     春の心

    春の雨が空を蘇らせ
    虹が天と地を結ぶ橋となり
    神と私たちの心をつなぐ
    たくさんの涙を流した者に
    不思議な光を放ちながら
    春を待つ者の窓辺に架かるのです

    空も曇り泣きました
    あなたの瞳も曇りました
    春の心が再び私たちの胸を
    明るくし、 楽しく踊ろうと
    喜びに震えようと
    神は贈り物を運ぶのです

    笑いの心があるから歌が生まれ
    夢と希望と勇気を持ちたい者に
    大自然は神に言葉を託す
    「この世は素晴らしく
    森に海に神秘が宿る
    生きるとは楽しいことです」
    春の夢は雨上がりの虹が叶えてくれる

 

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神代植物公園

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きぶし

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ウグイスカズラ

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アセビ

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コシノカシアオイ

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コウヤホウキ

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ミスミソウ

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カタクリ

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キクザキイチゲ

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エンレイソウ

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ハランの花(地面中心の茶色の丸い花)

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アカバナミツマタ

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イチゴノキ

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神代曙

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カンサキオオシマ

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菜の花とクリスマスローズ

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タラヨウ

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東海桜

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ダイカンサクラ

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ハナモモ

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ミヤコドリ

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紅唐子

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紅乙女

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蕎麦処

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深大寺

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2016年3月18日 (金)

関東周辺をぐるりと散策・文豪が生きたまち

  

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昨年より冬の時期の2か月間は「東京ミュージアム・ぐるっとパス」で散策を楽しんでいる。このパスは東京都歴史文化財団が発行しており、都内79の美術館・博物館等の入場券・割引券が綴られた便利でお得なチケットで、都立美術館、博物館など東京の芸術文化の振興と江戸東京の歴史的遺産の継承に努めるのが使命とされる。文化は都市の魅力と活力の源泉であり、人の心を潤し豊かにするゆえ、文化の力で東京のさらなる発展と潤いのある地域社会づくりを目指している。

寒い時期、雨や風など天候が思わしくない日の散策は気も進まないが、美術館や博物館など建物内の展示物の鑑賞は嬉しい。昨年もかなり回って楽しんだが、79か所の施設の半分も行けなかった。パスの綴りの料金は2000円で格安だが、利用期間は2か月間と短い。気が向くところへは足取りも軽いが、向かないのは後回しになり期限切れ。

今年もやはり購入し美術館を皮切りにあちこちぐるりパス。たいがいの施設は撮影禁止とあり、いつもカメラなしで気楽な鑑賞を楽しんできたが、たまには未踏の地にもと、林芙美子記念館、山本有三記念館、武者小路実篤記念館へカメラをかかえ出かけた。

林芙美子の建物は新宿区中井にある。放浪記、浮雲などの作品で知られる作家が、昭和16年8月から昭和26年6月26日にその生涯を閉じるまで住んでいた家であるが、新居建設に当たり、200冊の本を読んだり、京都の民家を見学に行ったり、材木を見にいくなど格別の思い入れであった。

数寄屋造りの京都風の特色と、おおらかさ、風通しいい家を望んだ。客間よりも、茶の間と風呂と台所に工夫とぜいを凝らし、人に見せるための家ではなく、暮らしと安らぎを念頭に置いた。放浪を重ねた林芙美子の終の棲家となったこの家には、創作活動と生活を大切にする思いを随所に見ることができた。

林芙美子の生存中、庭一面に孟宗竹、寒椿、ざくろ、もみじなどにサフラン、カタクリなど四季折々の草花が植えられている。 林芙美子の公演をビデオで聞くと「人間は一生に一度、苦労や悲しみで号泣した経験がなければ真の人間にはなれない。偉い人より縁の下の力持ちを尊敬する」と語っていた。

武者小路実篤記念館は府中市つつじヶ丘にある。 大正・昭和の小説家で志賀直哉らととも「白樺派」と呼ばれ、画家の岸田劉生との交友もあった。 代表作は「お目出たき人」「幸福者」「友情」「愛と死」など多数。又、ユートピア実現のために宮崎県に「新しき村」を建設したが、この村は現在でも埼玉県入間郡毛呂山町にて存続している。

武者小路実篤が希望した地は水が流れるところだった。確かに1500坪ほどの広大な緑の敷地には池があり、ちいさな滝がありと水の流れが庭を潤していた。私が訪れた日は、まだ冬の名残があり、花々の鮮やかな色合いもない風景だったが、まもなく春が駆け足で訪れ、池の水もぬるみオタマジャクシも泳ぎだすだろう。70歳から20年間住んだこの家の敷地は、現在実篤公園となり自由自在に人々が行きかっている。

記念館に展示されていた資料から、武者小路実篤の人柄や当時の心情を垣間見た。晩年の色紙によく書いた言葉に「仲良きことは美しき哉」「幸福をつかむのを恐れるな。だが不幸を又ごまかすな。正面から耐えて進むのが、若者らしい」「神に愛されていると思える間 俺は強いぞ」などの言葉に野菜の絵が添えられた。

山本有三記念館は三鷹市の多摩川上水に沿った一角にある。
大正末期に建てられた本格的な洋風建築で、昭和11年から21年まで家族と共に住んだ家である。自然に積み重ねたような煙突、個性的にデザインされた暖炉が印象的。南側にある有三記念公園には、四季折々の花と緑を楽しむことができるが、まだ春はすぐその隣って感じだった。

三鷹での山本有三は「路傍の石」や戯曲「米百票」の執筆をはじめ「ミタカ少国民」の開設など多彩な活動をしたが、進駐軍の接収でやむなく転居。接収が解除後、建物は国立国語研究所に利用され、昭和60年に三鷹市に寄贈された。

「たった一人しかない自分を、たった一度しかない一生を、本当に生かさなかったら人間生まれてきたかいがないじゃないか。」・・・路傍の石などで知られる山本有三の生誕の地は栃木市にある。実は2006年、私は栃木市の山本有三記念館にも訪れている。栃木県に本部を置く「開倫ユネスコ協会」が開催したポエム大賞で、私の詩「大和路の写真展」が優秀賞の受賞作となった。表彰式に出席するため栃木市を訪れた折、山本有三生誕の家も見学したのだった。

この詩作は、2003年8月にアフガニスタンを訪れ、帰国後は写真展を東京、京都、奈良で開催したが、秋の深まる11月の奈良は、山に柿がいっぱい実る真っ赤な大和地であった。 この写真展がきっかけで、私の人生も少し変わったように思われる。

栃木の山本有三記念館は、江戸末期に建てられた見世蔵を改修、整備して開館したもので、複数の蔵を繋げたような作りになっており、愛用の椅子や回転書架、帽子、服、自筆の原稿や映画化時のポスターなどが展示されていた。貧しさゆえ奉公にだされるまで生きた家であったが、当時の面影が残る雰囲気だった。栃木の記念館とはそんなご縁もあり、三鷹の記念館にも親しみを感じ、ガイドさんの話に花が咲く楽しいひと時を過ごした。

山本有三記念館の近くに「太宰治の文学サロン」がある。太宰治が未完の「グッド・バイ」を残し愛人と玉川上水に入水自殺したのは40歳。青森県津軽地方屈指の素封家に生まれ、東大を中退後、短編集「晩年」で文壇にデビュー。1947年発表の「斜陽」で流行作家となり、「斜陽族」という流行語を生んだが、4回の自殺未遂を重ねていた。

太宰治サロンは平成20年の没後60年と翌年の生誕100年を記念して、太宰が通った酒屋の跡地に開設。館内では直筆原稿、初版本、雑誌など様々な資料が見られる。
「毎日、武蔵野の夕陽は大きい。ぶるぶる煮えたぎっている。私は、夕陽のみえる三畳間にあぐらをかいて、妻に言った。「僕はこんな人間だから出世もできないし、お金持ちにもならない。けれども、この家一つは守っていくつもりだ」と、東京八景(昭和16年)に記した言葉が目に留まる。

玉川上水の途中に、太宰治が愛人と入水自殺した地点を示す石があった。ごつごつした大きな赤い自然石と、隣に「玉鹿石(ギョッカセキ) 青森県津軽群金木町産」と書かれたプレートが設置されていた。玉鹿石は 太宰の故郷から運び込まれたが、赤みがかったその石を見た時、私の心は寂しさの流れのなかに溶かされるようだった。現在の玉川上水の水量はチョロチョロとしか流れていないが、 当時、玉川の水量は豊かな激流だったそう。

三鷹には山本有三、太宰治、武者小路実篤も府中に移るまで住んでいたが、瀬戸内晴美(寂聴)さんもそうで、三鷹は作家が愛して生きたまちだった。
さあ、次は野草が咲くところへぐるりパスしたいなぁ~と、目黒にある自然教育園へ。ヤッホー!愛らしい野草があちこちに。

             大和路の写真展

     雨上がりの大和路は柿色
     心に響く法隆寺の鐘の音
     小さな尼寺でアフガン写真展
     見知らぬ国に好奇の目が集まり
     言葉ない沈黙の空間にひしめく

     砂漠の幻想的な写真の隅に
     柴をかつぎ働くロバが写っている
     やせた体を引きずりいずこかに消える
     ロバは農民と大地で生きる

     バーミアンの石仏は跡のみ残し
     異様な姿で下界を見下ろす
     迫力は衰えることなく漂わせ
     ローズ色の無数の岩仏と
     伝説の世界遺産として後世に残りいく

     美しい湖の周りにも地雷
     地雷で人々は苦しんでいる
     義足の子供の姿は痛々しい
     この国の悲劇の根源を見る
     平安が見えない予感におののきながら
     争いない平和な未来にと祈りこめ
     アフガン写真で身近な人たちに訴える

     秋の大和路は柿の実で真っ赤に染まる
     穏やかな風土で豊かに育ち
     まろやかで深い甘い味がする
     尼寺の写真展に哀愁が漂う

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林芙美子記念館

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武者小路実篤記念館

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実篤公園

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実篤の銅像

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公園整備するボランチァさん

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武者小路実篤の家

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玄関前に江戸城の石垣石が置かれている

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三鷹の山本有三記念館

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山本有三の家族

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栃木市の山本有三記念館前(平成6年9月撮影)
アフガン民族衣装の私と友人

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栃木市の山本有三の生誕の家(記念館)

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玉川上水散策道

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「玉鹿石(ギョッカセキ) 青森県津軽群金木町産」と書かれたプレート

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太宰治文学サロンの入口

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太宰治の文学サロン

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目黒自然教育園

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ばいも

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ふき

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うぐいすもかずら

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もくれいし

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ふっきそう

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きぶし

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2016年3月 9日 (水)

南の島への旅(その2)西表島~石垣島へ

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竹富島の楽園風景でのんびりと身をゆだねた後、竹富港から西表島(いりおもてじま)の大原港へと向かった。西表島は沖縄本島の次に大きい島だが、未開発の大自然がそのまま残され、亜熱帯のほとんどの山は手つかずの状態。そう、一歩山に入るとまさにジャングルである。それともう一つ特徴は浦内川や仲間川のマングローブクルーズがある。

ヤッホー西表島に上陸!先ずは腹ごしらえとレストランへ。ここの昼食は美味しかった。ご飯は西表島で収穫された古代米。八重山蕎麦、ゴーヤ茶、季節のチャンプルー(混ぜこぜにたもの)、地魚のゆうあん蒸、軟骨ソーキ煮、もずく、アーサー入り卵巻きと、西表島の土と海の香りがする料理に大満足。

さあ、水牛車に乗って由布島へ渡ろう。由布島は周囲2.15km、海抜1.5mの小さな島でもともとは無人だった。人が住み始めたのは、稲作が困難な竹富島の人々が西表島で稲作を行う際に、由布島に仮住まいを建てて住んだのが始まり。現在では亜熱帯の花々や木々を観賞できる島となっている。

水牛車は西表島観光の目玉商品!!遠浅の海を水牛車に身をゆだね、のんびりと400m先の由布島へ、幸福と風にみちた島へと渡っていく・・・。水牛車は赤瓦屋根をイメージした作りで、雨除けシートが両サイドと後方にあり、現在40頭ほどの水牛がいるそう。水牛の大きさで乗せる人数が決まる。私たちの水牛は中堅どころだが、実に力強い。なにせ、1トンの車に18人(約1トン)の観光客を乗せて引っ張るのだから首の力は相当なもの。

御者が水牛の一頭一頭につけられた名前、例えば大五郎とか花子などと披露したり、年齢、性格などはなす。又、三味で民謡を歌ったりとサービス満点。のんびりとした沖縄の時の流れに身をまかせること10 分。は〜い、由布島に到着!牛さん、ご苦労様。

亜熱帯植物楽園の散策へ。蝶々園 では亜熱帯のチョウを間近に見ることができ、マングローブも鑑賞できるが、これは後ほど、仲間川マングローブクルーズでゆっくり見ることに。散策コースをそぞろ歩きながら亜熱帯植物を眺めたが、実に綺麗に整備された植物園だと思った。

再び水牛車に身をゆだね由布島から西表島へ渡る。さあ、仲間川マングローブクルーズへGO-! 仲間川は全長約17.5Km、マングローブ林の広さは約200haで日本最大規模。マングローブクルーズの船長さんがうまく船を操りながら面白く話す。

マングローブって実は木の名前じゃないんです~。海水が混じるところに生えている木をマングローブと言うんです~。マングローブはたくさん種類があり、沖縄でよく見るのがヒルギやマヤプシキという木です~。あれがサキシマスウノキで特徴は板状の根です~。昔はこの根で船の舵やまな板に利用したが、今は一切の伐採は禁止されています~。

マングローブの近くで「シジミ」が採れるとかで見せてくれた。巨大なシジミでびっくりポン。船長さんいわく食べることは出来るが味は味は・・・臭いとしか言いようがないとか。マングローブは腐葉土の上に生えているので、当然シジミもいい香りはしない。は〜い、上流の船着き場に到着。

マングローブで楽しんだ後、いよいよ西表島ともお別れし、1時間の船旅で石垣島へ。岸に近づくと消波ブロックが視界に入る。大掛かりな防波堤ではないが、大波から被害を受けないよう消波ブロックが施されているのは他島でも見たが、ふと、人も同じではないかと思えた。生きていくうえで、いろいろな困難にぶつかり、心も弱りはて何をする術も見いだせないまま、ふるえながら身を閉じたこともあろう。そんな時、私は詩を口ずさみ、微笑みを取り戻してきたように思う。詩は荒波から守る心の防波堤のようなものだった。ありし日に創作した「心の防波堤」は、深い心がゆらいでも、ゆるがない光を求める眼差しが向けられていたように思う。

「心の防波堤」は「2007年第10回 ルソーカップ」で佳作入選したのだが、ルソーカップのテーマは、「自分自身を生きること、誰にも振り回されないこと、夢を求めること、人を愛すること、自分を愛すること、今まで生きてきた道を好きになること、これからのあなたも好きであること、あなた自身がこの世で一番大切だということ。」喜びや悲しみを、あなたの心で詩にしてください、という呼び かけに呼応して生れた詩であった。月日が流れても今なお時おり思い出される印象深い詩である。

さて、旅の続きは「島野菜とあぐー豚のしゃぶしゃぶの御膳」へと。柔らかなお肉に満悦しながらその夜はふけた。
翌朝、 川平湾(かびらわん)のグラスボートへ。グラスボートでサンゴや魚を見よう~と、車場から遊歩道を歩くこと約10 分。目の前に広がる砂浜とエメラルドグリーンの海と小島。景色は美しい。が、波がたつ日であったので、海底は濁って鮮明度はまあまあであったが、幾種類ものサンゴ礁を見ることができた。

次に「石垣やいま村」の古き良き八重山の家並みを再現したテーマパークへ。村内では6つの古家があり、2つの古民家が国指定の有形文化財となっている。三味やシーサー絵付けの体験もでき、リスザル園ではかわいいリスザルに餌をあげたりして触れ合うことも。また、ここでも川沿いに棲息するマングローブも眺めることができた。休憩処で私は笹で包まれた餅を頂く。沖縄の香りがぷ~んと・・・もうたまりません。

琉球真珠にうっとりし、はたまた石垣焼窯元でしばし足を止め、ショッピングで土産の数々を探したりと、帰路への道のりに立ち寄ったが、午後3時半、たくさんの楽しい思い出を作ってくれた島々に、ありがとう(石垣島の方言でにーふぁいゆー)の言葉を残し石垣島を離れた。

                 心の防波堤

             苦しむことはないよ
             我慢しなくてもいいよ
             寂しがることなんかないよ
             自分をせめなくていいんだよ
             思い出は閉まったままでいいんだよ
             親切にしなくてもいいんだよ
             優しさを忘れてもいいんだよ
             自分探しは少し休もうよ

             何故冷淡になれないの
             忘れてしまえばいいのよ 
             人の事とし棄てておけばいい
             何故棄てられない優しい気持ち
             理想に燃えて生きたいのね
             清く素敵に生きたいのね
             だったら悩むことはない

            今は少し疲れているだけよ
            深く考えるのはよそうよ
             明日には陽がまた昇る
             真っ赤な輝きが戻ってくる

             新鮮な空気を身体に入れ
             泣きたい時は涙の雫を落とし
             労わりを少し自分にも向けたいね 
             荒波が襲ってきたら心の防波堤を前に
             心配することなんてなにもないよ 
             自分探しは少し休もうよ
             明日、海を見に行こう

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西表島へ

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西表島の昼食

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 亜熱帯植物楽園

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仲間川マングローブクルーズ

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ヤマプシキ

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ヒルギ

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ヤマシマオウノキ

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ミジミ

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島野菜とあぐー豚のしゃぶしゃぶ御膳

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川平湾(かびらわん)のグラスボートへ

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石垣やいま村

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マングローブのヒルギとサギ

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2016年3月 5日 (土)

南の島への旅(その1)沖縄・石垣島



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東京での日常生活は渋谷を起点として回っている。以前は刺激を求め、郊外に出かけることが多かったが、ここ数年、近くの公園や神社の散策やお買い物が楽しくなり、足元へ視線が向けられる暮らしにそれなりの充実感を覚えている。だが季節の移ろいのなかでやはり遠くへの旅の喜びも捨てがたいと、沖縄の石垣島へ。

昨年は久米島、その前は本島と、ここ数年の冬の旅は島へと出かけている。コバルトブルーの海に囲まれた島には、ほっと癒される雰囲気があり、本土にないゆったりとした時の流れのなかで非日常性を強く感じることができる。

先ず、羽田空港から直行便で3時間半かけ、周囲は約140km、人口約48,000人の亜熱帯の自然と都市機能がマッチした美しい石垣島へ。直行便が開通しこともあり、石垣島は観光地として栄えているが、観光客の多くは石垣島だけでなく、船で他島へ渡るケースもある。私たちも石垣島から竹富島(たけとみじま)、西表島(いりおもてじま)、そして由布島(ゆふとう)へと4島を巡る旅であった。

天気は晴れ。日本列島は寒波が押し寄せる天気だったが、石垣島は22度と穏やかな晴天に恵まれていた。ラッキ!!と言うしかない。なぜなら添乗員さんの話によると。前日までの数日間、雨が降りつづいたそうだから。良い旅となる条件の60%はお天気で決まるので晴天ってことは天からのプレゼントを頂いたことかな。

石垣島空港から先ずホテルへ向かう。リゾートホテルやショッピングモールが目立つが、市街地周辺には赤瓦の民家や南国の花々、さとうきび畑やパイン畑など昔ながらの風景が広がる島景色。ホテルで荷物を降ろし「みんさー工芸館」へ。

八重山の伝統工芸・ミンサー織の特徴は五つと四つの絣模様。これは「いつ(五)の世(四)までも末永く」という意味を込め、女性自ら織った角帯を婚約の証として男性へ贈ったそう。ミンサー織の素材は木綿。様々の製品を眺めながら八重島諸島の伝統工芸の美に触れるひと時であった。

次は日本最南端の森林公園であるバンナ公園へ。石垣市街地の北方にそびえる標高230m のバンナ岳周辺の広大な自然環境下にあり、山の地形を生かした広場、散策路には亜熱帯性気候風土を感じる珍しい植物が観察でき、展望台から海や自然を楽しめる。

夕食後、 鍾乳洞へ。20 万年もの時をかけて自然が造り出した石垣島最大の鍾乳洞で、鍾乳石の自然美はもちろん、鍾乳洞イルミネーションの幻想的な輝き、滴る水の音を楽しむ水琴窟、トトロの鍾乳石など、地底に広がる世界は見どころがいっぱいって感じ。 無数の鍾乳石群に彩られた巨大な地底空間 を観察すると、シャコ貝などの化石も見られる。遥かなる昔、ここは海底だったが、地殻変動などの隆起により長い年月を経て今にいたった。鍾乳石の素晴らしさ神秘の輝きに圧巻される洞窟模様だった。

翌朝、石垣島から高速船で約10分程と容易に行ける竹富島へと渡る。竹富島は石垣島から約6Km の沖にあり、赤瓦屋根の古民家や白砂の道、美しいビーチに囲まれた島。人口は約350人、戸数は約160戸、島の周囲は約9Km。 時と共に島模様も少しづつ変化するが、 カイジ浜は、星砂がある場所として今もって美しい。
星砂とは?これは海藻などに付着する有孔虫の遺骸だそうで、この星砂は幸福をもたらすと言われる。私も幸せな気分を味わいたいと、砂に手をこすると、なんと手の平にいくつもの星砂がついているではないか!!あちこちから「あった、これもこれも星の砂と嬉しい声が・・・誠に幸せな気分にさせてくれる浜である。

その後、古民家集落の散策へ。赤瓦 屋根の家々の前には石垣があり、白い砂道をのんびりと巡りながら、島の見どころや歴史などを見て回る。友人は竹富島で1か月滞在してのんびりするのも良し、と言っていたが、確かに1953年に造られた展望台から眺めると、青い海が見え、水牛車が過ぎゆく島の穏やかな雰囲気に癒される。私たちの滞在は数時間で残念だったが、西表島(いりおもてしま)へと渡った。

         白い白浜で

     白く波打つ白浜
     乾いた岩に、砂に星が光る
     なんと美しいことか!と
     私は幸せ感に酔いしれる
     海は青き 空も青き、心も蒼く
     青と白の世界がいっぱいに広がる

     海が青く透き通る午後
     微風がほほをなで
     光が皮膚を射し通し
     胸元のかゆみを感じるころ
     潮風の息吹にふと気づく

     視線を遠くに向け
     水平線と無言でつなげると
     前に海があり バックに白砂あり
     私は青と白色の狭間にいた

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みんさー工芸館

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バンナ公園で

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 鍾乳洞

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石垣島の湾風景

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石垣島~竹富島へ(台湾船)

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竹富島へ

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星砂浜

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魚をくわえたシーサー

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1953年に造られた展望台

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展望台から

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民家の内部

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亀の甲羅

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