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2016年4月

2016年4月26日 (火)

台湾への旅(その2)高尾~台北へ

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二泊目の宿泊地は高尾だった。翌朝も晴れ!陽が射しこむ窓辺で深呼吸。さあ、今日も張り切って旅の続きを楽しもう~。
高尾市内の観光をしながら郊外にある有名な蓮池潭へと。ここには孔子廟や啓明堂、龍虎塔、中国の宮殿を彷彿させる「春秋閣」がある。春閣、秋閣、同じ大きさのふたつの塔からなる春秋閣は、1951 年、武聖、関羽を祭って建てられたが、龍に乗って現れ、信者にその姿の像を現在の位置に立てるよう命じたという伝説があるとか。

蓮池潭近づくと、うぉぉ~龍と虎の塔が2つ並んで立っている。1976 年、春秋閣から約700 メートルのところに建てられた塔だが、龍の口が入口で虎の口が出口になっている。外観は生き生きと躍動感にあふれ、塔内には、龍塔の方に中国人が親孝行の模範と認める「二十四孝子」や悪人が地獄で受ける「閻魔大王審罰刑図」などの絵が。虎塔の方に「十二賢士」や天国の世界を描いた「十殿玉皇大帝三十六宮将図」などの絵が飾られている。

ガイドさんいわく、もし塔へ登られるなら龍から。龍は優しいから人を飲み込むことはないと・・・。早速、龍の中へ入っていくと、中には確かに立体的な絵で、釈迦の弟子達や説法などが描かれている。二つの塔はどちらも8角形の7層建てで、手の込んだ立派な塔である。

私の干支は辰。龍と竜の違いはあるのかな? 水に住むのが龍で空を飛ぶのは竜なのかな?瀧と滝というのもあるけど関連はあるのかな?・・・など思案するけれど、私自身の想いは龍も辰も同じと言うわけで龍の塔を登った。蓮池の広がる絶景に堪能ししばし佇む。青空の息をころした谷間に広がる蓮池。素晴らしい!!
塔の一層一層から顔を出してはヤッホー!!そして虎の塔へと。 

次に日月潭国家風景区へバスで移動。面積827 ヘクタール、周囲33 キロの日月潭はダムを備えた湖で、台湾でもっとも有名な風景区になっている。
日月潭の名前の由来は湖上に浮かぶ光華島を境に北は太陽の形、南は三日月の形をしていることから。日月潭はもともと小さな湖だったが、日本の統治時代(1895-1945)に発電所を建設するため、濁水渓から15 キロの地下用水路で水を引いた結果、湖面が大きくなり、小山であったところが水に埋もれて数々の島ができた。美しい景観モさることながら、水質もよいのでエビなど魚も生息しているそう・・・。 

日月潭北側の山にある日月潭文武廟へまわる。日月潭文武廟は、日月潭にダムに水を引いたことにより水没の危機にさらされる。その災難を逃れるため、文武廟は山間に移設され1938 年に完成。その後、1969 年~1975 年にかけて全面修築が行われれた。文武廟は台湾で唯一、正門が開いている孔子廟で有名。本殿前には美しい龍の石彫刻が彫られている。はい、ここでも龍のお姿が登場。 

日月潭文武廟観光後、観光バスで台北に向かった。約230キロ、3時間30分の長い旅中、アニメ映画を楽しむ。「八田ダムの物語」だった。建設を設計・監督した日本人の水利技術者・八田與一(はった・よいち)が「八田ダム」を完成に導くまでの苦労話だった。日本統治時代の台湾で、農業水利事業に大きく貢献し、台湾の大恩人とされる八田氏のことを知る機会を得てよかった。なかなか良い作品と深い感銘を受けた。

台北に到着。3日目のホテルは、活気ある街中だったが騒音もなく静かな環境にあった。今回のツアーの特徴は高級ホテルらしく、三夜とも素敵なホテルで寛ぐことができた。
翌朝、龍山寺へ。台北第一の名刹龍山寺は地元住民の信仰、活動、集会及び指揮の中心となっているらしく、廟の中に入ると、大勢の善男善女が熱心に参拝しながら経文をよむ姿が目につく。 

伝説によると、昔ある人が観音菩薩のお守りを一本のガジュマルの大木に掛けておいたところ、夜になると突然に光だし、不思議なことに霊験あらたかで願いが叶えられたとか。そこで信者たちは、その場所に龍山寺を1740年に建立した。龍山寺は200 年以上の間に何回も修復や建て直しをしながら「回」字形の伝統的な寺廟寺となった。
龍山寺の名のごとく、この寺でも龍が登場。龍の柱、軒下の木彫、彩色画、何れも龍が生き生きと活躍していた。 

お待たせいたしました!次は「国立故宮博物院」で~す。院内には寄り抜かれた歴代文物が収蔵されており、書画、銅器、磁器、玉細工、漆器、彫刻、図案、文献など、古美術品の所蔵品まど、総点数の総計は約69 万点余りで世界最大規模を誇る。所蔵数の豊かさは米国、イギリス、フランスの美術館と並んで世界4大博物館に数えられるそう。

院内には、中国語、英語、フランス語、ドイツ語、日本語、スペイン語、韓国語など7 カ国語で書かれた案内ガイドがるが、何せ中国人の見学者があまりに多くじっくり見て回れない。要所をじっくり鑑賞し、あとは押し合いしながら駆け足で見学し、庭園へ飛び出す。いやはや何処の国の美術館、博物館でも鑑賞するのは容易なことではないと実感。 

旅の最後の観光は「中正紀念堂」。敷地は25 万平方メートルに及ぶ。屋根には北京の天壇様式が採用され、建物は四方から眺めるとエジプトのピラミッドのように見えるなど、独特な設計が施され、大さを象徴する白い大理石と青い瑠璃瓦を主体にした建物である。外国人観光客がよく訪れる台北の観光スポットの一つとして有名。

4日間の旅中、晴天に恵まれ、旅仲間にも恵まれた愉快な旅だった。好奇心も満たされた台湾への旅はまさに一期一会、生涯に一回しか訪れないと考え、できるだけ人々に寄り添って、彼らのなかで飛び廻りたいと思っていた。そう、あの龍のように・・・
ありがとう、ありがとう!!

        どきどき、わくわく

     ほら、聞こえるかしら?
     仲間の胸にわたしの鼓動
     どきどき わくわく
     うめく風に混じって震える鼓動
     どきどき わくわく

     らら、呟きの反響かしら?
     青空に舞った謎の鳥
     どきどき わくわく
     仲間に向かって飛び立っていく
     どきどき わくわく

     あら、聞こえないの?
     私を待ちわびて街角で佇む仲間
     どきどき わくわく
     太陽のまわりをぐるぐる回る
     どきどき わくわく

     ほら、バス停に素敵な笑顔の面々
     私に手を振る仲間たち
     どきどき わくわく
     南国の花々もほころびながら
     どきどき わくわく

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高尾の町

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春秋閣

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龍の塔

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龍の塔から虎の塔を眺める

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虎の塔

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日月潭文武廟

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台北のホテルロビーで

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ホテルの朝食

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ホテル前

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台北の町
    

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龍山寺

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国立故宮博物院

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中正紀念堂160422__879_s

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蒋 介石(しょう かいせき)の銅像前

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黒玉石の歩道

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歩道の説明

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2016年4月25日 (月)

台湾への旅(その1)台北(たいぺい)・花蓮(かれん)・高尾

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かねてより一度は台湾へ行ってみたいと思っていたが、なかなか実現しなかった。それは、海外旅行に対する私の個人的な思いからで、異文化を強烈に感じられる国、好奇心を存分に満たしてくれる国が海外旅行の対象になっていたから。だが、世界情勢も変化し、気楽にほいほいと何処の国へも行けなくなってきた今日、アジアが私の身近な旅先になってきた。台湾は近いし、料理も美味しいし、何といっても楽しい国だよって友人達もこぞって言う。そうか!台湾の旅もなかなか乙かもしれない・・・

ブラボー台湾!熱い夢を語りあえるかもしれない。西アジアのアフガニスタン、パキスタン、インドへ熱い夢を抱いて旅をしたありし日の思いが蘇ってきた。行くぞ~台湾へ。
4月下旬、羽田空港から台北の松山空港へ向かったが、エバー航空の機内を見渡せば、あれれ、すべて「キティー」ちゃんグッズで統一されている。機内食のナプキン、フオーク、ナイフ、コップ、スプーンはもとより枕までかわいいキティちゃん。乗客も可愛いグッズに囲まれにこにこムード。なぜか客室乗務員も心なしか丸顔のキティちゃんに似てるみたい?

さて、台湾の台北市は経済、政治、文化の中心地で活気にあふれる台湾最大の都市。そう、台北は、さまざまな建築物、バイクで走り回る人々、レストランに夜店に中国芸術など、モダンと伝統的が織り成すコントラストが面白く光る大都市である。

空港着陸後、バスで新北市・ 九份 (九フン)へ移動。都市と自然が鮮明に対照をなす車窓風景を眺めながら走ること1時間。
ヤッホ!九份 (九フン)着。その昔、九份に暮らす人々はわずか9 世帯で、道が通っていなかった頃、すべての物資は水路を使って運ばれていた。なにかにつけ「9 世帯分」の物資を調達していたため、その名がついたとか。丘陵地で山を背にし海に面した九分はかつて金鉱として栄えていたが、さらに1890 年に金脈が掘り当てられたことにより、9 世帯しかなかった貧困な村が、瞬く間に三、四千世帯の巨大都市へと変貌した。

「アジアの金の都」といわれ、「小上海」や「小香港」と言われた黄金時代もあったが、徐々に廃れていった・・・が、侯孝賢監督の「悲情都市」宮崎駿「千と千尋の神隠し」などの映画の舞台として撮影されるようになり、古びた町並み、建物、廃坑もクローズアップ。かって輝いていたゴールドラッシュ時代が再登場した。今では、昔のような活気を取り戻しつつある。 私は宮崎駿の映画を観ていたので九份に親しみを覚え、お茶を飲みながら、基隆沖の美しい海を眺めながら古の趣に浸った。

先住民は九份の独自の文化と風習を守ってこの地に生きてきたのだろう、狭い路地に造られた村ゆえ、排水溝の機能も旧態依然。さらに奥地の路地裏に目をやると、陽の光線がきらめいたり、暗くなったり揺らいでいる。夕暮れ時になると、あらゆる星の光が古の家屋に落ちていくのだろうか・・・。九份から特急電車で花蓮へと向かう。約2時間10分の旅が動きだす。花蓮到着。

台湾東部にある花蓮は、中央山脈との間に細長い平野部が広がる真ん中にあり「花東縦谷」と呼ばれ、稲作のほか、日本時代からコーヒーが生産されるなど物産は多彩。気候と清潔な用水に恵まれたことから、台東の関山米や池上米はとくに高い評価を受けている。又、花蓮は原住民の比重が高いことでも知られ、それぞれ独自の文化と風習を守ってこの地に生きてきた歴史がある。

翌朝、太魯閣 (タロコ) 国家公園へ。タロコの名称は、当地の原住民タココに由来。彼らの祖先はこの一帯に入り、立霧渓沿いに集落を点々と形成した。現在一般にタロコ峡谷と言われる箇所はそそり立つ断崖の下をごうごうと音を立てて渓流が流れ、大自然の芸術品ともいえる景観を形成している。

徒歩でゆっくり景観を満喫することに。峡谷沿いの道を進むと障壁・断崖・滝など多彩な地形が続き、それらを縫うように隧道が刳り抜かれている。山梨県の昇仙峡に勝るとも劣らないと絶景を誇る太魯閣渓谷公園だが、道路補修工事もあり禁止区域がおおく、美しい岩風景を堪能することはできなかった。私は山梨の昇仙峡へは何度か行っているので比較してみると面白いだろうなぁと思った。ちょっぴり残念だがどちらの渓谷も雄大で澄んだ川が光る美しい観光名所には違いない。

太魯閣渓谷を見学後、列車にて高尾へ。車内で弁当を広げゆったり景観を楽しみながら5時間10分の旅が動きだす。高尾着後、寿山公園へバスで移動。高雄市は台湾第二の都市で、西は台湾海峡、南はバシー海峡に面する世界第三の港を擁し、インド洋と東北アジアを結ぶ重要な中継地。地理的条件や海流の関係から年中さんさんと陽光が射す南国ムードいっぱいの都市。

 寿山国家自然公園へ。 寿山は高雄市の西南部に位置し、南北に走るサンゴ礁の上にできた丘陵地で緑いっぱい。もとは平埔族という原住民が狩りをしながら暮らしていたところで、寿山公園の山頂から高雄港のほか、西子湾の夕日や高雄市の夜景が眺められるなど絶景スポットとして有名。

実はこの公園で楽しい体験をすることに。様々な大きさの黒い玉石が敷き詰められた道を裸足で歩いた。50mはあったろうか?そろりそろりと私は歩ききり、再びひょっこらと裸足で歩いて戻ってきた。足裏が痛かったが爽快な気分であった。数名の旅仲間も靴下を履いたままチャレンジされていたが途中で・・・?このような石の道は台北の総統府内でも造られていたので無論、私は裸足で歩いて、歩いて、もう一度爽快感を味わったのだった。

さて、高尾のレストランで中華料理に舌打ちながら、はたまた談笑に楽しいひと時を過ごしたあと、 六合観光夜市(ナイトマーケット)に足を運ぶ。そう、この夜市に行かなければ高雄に行ったとは言えないとも。さあ、GO-~。1950 年、大港埔近くの空き地に屋台がぽつぽつと出たのがこの夜市の始まりで、その後、屋台はどんどん増え続け、あっという間に「小吃」(B級グルメ)で名を馳せる「大港埔夜市」を形成。規模はどんどん拡大し、いまや六合夜市として高尾の夜の賑わいを一手に担っている。

日が沈みだすと、行き交う人々でごった返すにぎやかな集落へと変貌。軒を連ねるおよそ138 の屋台のほとんどは「小吃」、娯楽ゲームなどなどに洋服や雑貨などを売る屋台もあったり。
この夜市の目玉は何といっても、安くて家庭的なステーキセット。売りのステーキ屋が大小合わせて10 軒余りも並ぶ。はい、夜市には山の幸、特産、コールドドリンク、氷菓、海鮮料理屋などないものはないって感じ。また、パパイヤミルクと蝦の塩蒸しは高雄ならではイチオシの味覚らしく人気も高い。

さあ、この偉大な夜市に、この旅の一日に、陽が完全に沈んでしまうまで、楽しむぞ~!まるで子供のように独特の匂いに溶け合っていこう~

        白い雲とクリーム色の山

    絶景はあの山の彼方に
    果てしない緑の内部にかすむ 
             やがて雲の影が少し動きだし
             緑の切れ目が川へもぐりゆく・・・

              白い雲とクリーム色の山
              微かな雲間に見える道
              地図模型のように重なった地層
              広大な大地に何処、何処までも続く

              展望台からぼんやり眺めれば
    変化なく固まる岩の絵文字が視界の中に
             脳が開放されていくような
              人生が続くような終わるような・・・               

              白い雲はやがて風に吹かれ
              小さく固まった集落を露呈
              岸壁に青い川、 岩肌に沿った細い車道
              光をてかてか反射し白い滝に同化する

              なんと愉快な地形
              雲間に聳え 白い雲が山頂を取り巻き
              やがて視界から抜けるように・・・ 
              明るい光へと拡散され流れ去ってゆく

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台北の風景

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九份 (九フン)

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瑞芳駅

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花蓮へ

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太魯閣国家公園

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太魯閣峡谷

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大理石の岩盤

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高尾へ電車の旅・車内弁当

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高尾への車窓風景

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高尾市

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寿山国家自然公園からの眺望

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寿山国家自然公園

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足壺を刺激する黒玉の道

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高尾市

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中華料理の夕飯

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六合観光夜市(ナイトマーケット)

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2016年4月11日 (月)

関東周辺をぐるり散策・蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)

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冬場、「東京ミュージアム・ぐるっとパス」で散策を楽しんでいたが、三月半ば、武者小路実篤氏の住居にもでかけていた。その折、庭園管理をされる方との談笑から、文豪の家なら「蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん」に行くといいよ、と勧められていた。この園は、東京都世田谷区にある都立公園で、周りにある広場なども含めて芦花公園(ろかこうえん)とも呼ばれている。

蘆花恒春園は「不如帰」「自然と人生」「みみずのたわこと」などの名作で知られる明治・大正期の文豪・徳富蘆花(健次郎)と愛子夫人が、後半生を過ごした住まいと、庭、それと蘆花夫妻の墓地などの地域とその周辺を買い取ってつくられた園である。

蘆花は明治40年2月まで、東京の青山に借家住まいをしていたが、土に親しむ生活を希望し、当時、まだ草深かった千歳村に土地と家屋を求め、その地を「蘆花恒春園」と名付け、昭和2年9月に逝去するまでの約20年間、晴耕雨読の生活を送った。 没後、愛子夫人から家屋、耕地など旧邸宅のすべてを東京市に寄贈。以後、市が公園として公開を開始した。

記念館を見学すると、蘆花の執筆活動や晴耕雨読を旨とした田園生活の様子などがうかがえた。 蘆花の言葉、「人間は書き物だけでは悪魔に、労働のみでは獣になる。」「東京の花は咲きましたか」「麦は不作だが諸藩は上作だ。」「南京豆もとれました。」

月見草を愛で犬と遊ぶ蘆花は、「一方に山の雪を望み、一方に都を眺めるわしの住居は、即ち都の味と、田舎の趣とを両方に握らんとするわしの立場と欲望を示している。」「大いなるかな、土の徳なり。農は神の直参である。」などを書き残している。

旅好きであった蘆花が、内外を駆け巡っている写真の数々を眺め、文豪の行動力と知的好奇心の旺盛さに感動しつつ、小物や服の展示物を眺めると、コート、セーターなどすべてLLサイズででかいのにも驚かされる。体格のいい文豪だったに違いない。

蘆花の母屋や書院、隣接する愛子夫人の居宅を見学。木造の平屋だが、回り廊下も幅広く、各部屋に置かれている調度品も大きい。すべてにゆったりした雰囲気で居心地がよさそう。庭に置かれたお地蔵さまが目に留まる。蘆花の著書「みみずくのたはこと・地蔵尊」によると、「地蔵様がほしいと言ったら、甲州街道の植木など扱う男が、荷車にのせて来て、庭の三本松の陰に据えてくれた。眼を半眼にに開いて合掌してござる・・・」。

又、同じ書に書かれた「墓守」によると、「彼(蘆花)は粕谷の墓守である。彼が一番近い隣は墓場である。門から唯30歩のところ、南に下ると最早墓地だ。誰が命じたのでもない。誰に頼まれたのでもないが、家の位置が彼を粕谷の墓守にした。」
蘆花も永代所有権を買って「粕谷の土になる」と決めたのだが、確かに住居と墓地の空気に密着感があり、まるで蘆花が墓地に住んでいるかのように思われた。

蘆花恒春園には花の丘、アスレチック広場、草地広場、児童公園などもあり、家族ずれのお楽しみ広場って感じ。桜の花びらが舞い散る中、色とりどりのチューリップが彩を添える公園内を散策。正直、想像していたより規模も大きく、武蔵野の面影を多分に残す美しい園であった。
帰路、露天商で青年が育てた野菜を買った。柔らかで美味しそうな春菊やブロッコリーを眺め、「農は神の直参である。」と言った蘆花の言葉を思い出し、まさにこの地は農の地でもあると思った。

        私のほとけ様

     かわいい私のほとけ様
     そばで私を見ているほとけ様
     ほとけ様は私の心のよりどころ
     つぶやく念仏に願いを込め
     ふわふわほとけ様に頬よせる

     ふわふわほとけ様に任せます
     私の身体を任せます
     信じる心を任せます
     生きる生命を任せます
     
     かわいい私のほとけ様
     私を慈しむほとけ様
     勇気と力が発揮できるよう・・・
     時おり風を吹きつけてください

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蘆花恒春園

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蘆花記念館

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徳富蘆花の住まい

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愛子夫人の住まい

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庭に据えられた地蔵尊

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蘆花夫妻の墓

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2016年4月 6日 (水)

関東周辺をぐるり散策・代々木公園の桜



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千鳥ヶ淵の桜を堪能した翌日、曇りでさえない春空だが、桜の満開時を過ぎないうちにと代々木公園にも回ってみる。公園内をゆっくり観て歩くと、今まで気づかなかった風景が目に留まる。赤、ピンク、白のチュリップが咲き、若葉も芽吹くなど、桜風景の内部から異なる彩が光っている。

週末は、人々で満ち溢れる公園も、今日は人影もまばらで、陣取り合戦の青いビニールシートもまばらだが、雰囲気に活気がある。場所取りの先人たちがシートに座って、トランプ、談笑、はたまたバットの素振りやごろ寝と様々なスタイルで仲間の来るのを待っている。いいなぁ~この楽しげな雰囲気!!

渋谷区にある代々木公園は、かっては大日本帝国陸軍の代々木練兵場であった。第二次世界大戦での日本の敗戦後、昭和39年の東京オリンピックで代々木選手村として使用され、昭和42年、代々木公園として開園。敷地は540,529.00m2(およそ東京ドーム11個分)でかなり広大だが、昔の趣を失わずに今も輝いている。

公園には木々がいっぱい、オゾンがいっぱい。中央付近には噴水広場があり、多くの人々が楽器や演劇、コントやダンス、野外ライブ、日光浴などを楽しむ。そう、それぞれの人々が自分の「時」を持っているときで、青春のこころが満ちてるって感じ。誰しも若かりし頃、満ちる青春のこころがあり、薔薇色の熱い情熱があった。若者を見ていると若き心が懐かしく蘇ってくる。 多分、週末には桜も終わりを告げ、ピンク色がだんだん弱まり、葉が陽に向かって傾くとき、風景の色合いも移り行くだろう。

多くの人々の周りを、麗しい香りが流れていた桜の園も、静けさが漂い若葉が輝きだす。そう、薔薇色の下で、満開期の過ぎ去るのを待っていたかのように、桜はたぶん、美しい花びらを放ちながら、葉に時の到来を知らせるのだろう~が、今、桜は満開。
いざ、軽快に桜並木を通り抜けていこう~、陶酔することに夢中になろう~。

若者のグループの一人が「かわいい~」と私に向かって言っている。多分、私がかぶっている熊の帽子のことだろうが、嬉しい。返礼にカメラを向けると、全員でポーズをとってくれた。そして再び「かわいいよ~」って。私はニッコリありがとうと言葉を送った。桜の樹々の間を吹く優しい風の交流が心地よかった。

いつもの散歩道を歩き、いつものようにカフェで一休み。渋谷のハチ公も大勢の人たちと桜見物。見上げると、花びらがひらり、ひらりと舞っている。何処へ 何処へ飛ぶのだろうか?北の大地へ桜前線の知らせに行くのだろうか・・・。      

        まぶしい樹

     さくらの花びら柔らかく
     エレガントに重なりあう
     可憐なピンクの色合いは
     ピュアな風情をかもしだす
     伸びやかな枝先までも
     花は惜しみなく垂れ下がり
     ふんわり真綿のような花びらは
     しなやかな枝に、淡く浮き立つ

     別れと出会いが交差する春
     泣き笑う人の思い出を
     甘美の魔力は永遠に
     透き通った夢で包み込み
     やさしさの流れの中に溶かしてゆく

     舞い落ちるさくらの花びら
     美が街路に映すとき
     春の装いを短命に濃縮させ
     ときめきの真髄をあらわにする
     すべてを吹き落す潔さ    
     感動を与える柔と剛の気質、
     生を鮮烈に燃えつかせる桜・・・
     春、まぶしい樹となり光を放つ     

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NHK横の広場にて

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NHK

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代々木公園

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若者たちと言葉の交流を楽しむ160401__030_s

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二人だけの披露宴を・・・

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ハチ公と

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ハチ公前広場

2016年4月 2日 (土)

関東周辺をぐるり散策・千鳥ヶ淵公園へ

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うららかな陽射しの下、桜は花を咲かせ、小動物は生き生きと動き出す。生きものすべてが夢を膨らませる4月、もうすぐ桜が満開!そう、希望の象徴の花びらが全開する。さあ、春の微笑みをもとめ千鳥ヶ淵公園の桜を観に行こう~。

今日は晴天。身も心もかるく、両手をひろげ、夢をまといながらいざ行かん! 千鳥ヶ淵は、皇居の北西側にあるお堀で、「千鳥」の形をしていることから千鳥ヶ淵と名がつく。土手に170本の桜が咲きほころぶ桜の名所としてつとに有名で、毎年、多くの人で賑わう。地下鉄の半蔵門で下車し歩きだすと、まもなく見事な桜が目に焼き付き、急に前方が輝きだす。

うおぉ綺麗!まさに春たけなわ。鳥がさえずり、堀の水もきらきらひかる・・・磨き抜かれた輝きを放つお堀端である。 昨春も訪れた千鳥ヶ淵だからマップなしですいすい。ああ、つぼみの微笑み、五分咲の微笑み、満開の微笑みに私も微笑み返す。ゆれ動く高い梢の中から陽が降り注ぐとき、私の日時計はしばらくとまる。英国大使館前を通過し、皇居西側にある千鳥ヶ淵緑道へ。

ソメイヨシノやオオシマザクラなど約260本の桜が、歩く人の頭上に咲き、まるで桜のトンネルの中にいるかのよう~。 田安門を後にし、若者であふれる武道館前へ。武道館は、日本伝統の武道や、心身錬磨の大道場として設立されたが、大学の入学、卒業式やコンサートなど、多目的ホールとしても利用されている。
ああ、息子の大学卒業式も武道館だったなぁ~と懐かしく思い出しながら通過。 レストランでリラックスした後、北の丸公園へ入り、皇居に隣接する旧近衛連隊の跡地へと。

跡地は森林公園として造成し、国民公園として一般に開放されている。 面積は19ヘクター。中央部に芝生地と池があり、 周辺にヤマモミジ、 ケヤキ、 コナラ、 クヌギなどの落葉樹、クスノキ、 タブノキなどの常緑樹が植えられ、花木が彩を放つ。今は桜。明るい広場は花見客でいっぱい。太陽の下で、桜を眺める幸せのひと時を、なにも考えない、なにもしないっていいことだなぁ~と、私の目も桜へとまっしぐら。

ううらと桜に夢を求めながら、探しながらさまよってきたが、桜並木は「東京国立近代美術館工芸館」へとなお続き、やがてスタート地点へ。千鳥ヶ淵周辺の桜はピンク色に染まって誠に美しかった。私は一本の桜の樹にもたれかかってつぶやく。おぉぉぉ~すべての桜が満開!ビバ桜!

      花びらのように
                        夢のように
やわらかく・・・

     花びらとなってファーファー
     夢となってスイースイー
     軽やかに超える
     あの峠に向かう
     二人手をにぎりあい
     現在から飛び上がる

     峠はかすんでミーンミーン
     まぶたの中でチイーチイ
     目を開けても見えない
     花の大地で見えない

     迷うことなくミイーミイ
     信じあいヌウーヌウ
     澄んだ湖が向こうにあり
     二人の姿を写し
     ゆらゆらと淡色の世界を写す

     逃げてはいけない
     輝くすべてから
     花びらとなってファーファー
     夢となってスイースイー
     二人はやわらかく飛んでいく

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田安門

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武道館

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 アカバナミツマタ

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